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蜘蛛の糸

 

はじめに

人間とは強欲で利己主義な生き物です。

 

生まれた時には否が応でもそれらを手にしています。

 

成長とともに謙虚を覚え、他人を知り

人間になっていくものです。

 

 

しかし、中には自分を全く変えず

生涯強欲を貫き通す人が出てくるものです。

 

 

そんな人はどうなるのか

有名な作家である芥川龍之介が描いた小説『蜘蛛の糸』を

見ていきたいと思います。

 

 

 

 

 

蜘蛛の糸

 

あらすじ

 

生前殺人に放火、強盗と悪いことを積み重ね地獄にいる大悪人カンダタ。そんな彼でも踏み潰しそうになった蜘蛛を一度助けたことがありお釈迦様が良いことをした報いにと、天国から地獄に向かい一本の蜘蛛の糸を降ろした。 それを見たカンダタはラッキーとばかりによじ登り始める。しかし、振り返れば後から後から他の罪人達も続いていた。「この糸は俺のものだ」と叫ぶと同時に糸は切れ、カンダタは地獄に堕ちていった。

 

解説 

人のエゴイズムをあざ笑うこのお話。

 

いい行いはちゃんと返ってくるのもであり、

よくない心持ちは自分の身を滅ぼすという戒めになっていることでしょう。

 

謙虚に生きる尊さがこの短い小説に詰め込まれています。

 

 

カンダタに残る微かな良心を信じて賭けたものの、

「ああ、やはりこうなったか」

とお釈迦様はがっかりされてしまいます。

 

 

結局、死後も大悪人というのは心の根底まで自分の事しか考えられないのです。

 

 

 

感想

毎回読むと、

どうしても気になる所が3つあります。

 

みんな対価は平等?

大好きな話の一つなのですが、

如何せん気になる対価ではありませんか?

 

 

放火、殺人、強盗と当たり前のようにしていた男が

踏み潰そうとした蜘蛛を踏まなかっただけでチャンスを与えられるというのは。

 

 

お釈迦様がカンダタに何かしら好意でも

持っていないとありえないと思ってしまいます。

 

 

他の罪人も同じく生前に行った良い行いの分

チャンスは平等に与えられているのでしょうか??

 

 

(したとしても結果は同じでしょうが…

 

 

蜘蛛の糸の強度

そしてもう一つ、

大の大人が何人よじ登っても切れない蜘蛛の糸の強度も気になるところです。

 

最近では夢の繊維として産業化されつつある蜘蛛の糸ですが

何百人と人を持ち上げられるとなったら

世界が変わりますよね。

 

 

スパイダーマンの糸の太さ程あるならまぁまだしも、

お釈迦様の道楽程度に糸を垂らしたとのことなので

それはないでしょう。

 

糸を登る腕力

また、のぼり棒を登ったことのある人は

一本の棒によじ登る難しさをよく知っているかと思います。

 

それが糸だとしたら…?

 

腕力だけで自分の体重を支え地獄から天国に登る不可能さに

普通の人なら唖然とすることでしょう。

 

 

火事場の馬鹿力が発揮されたか

カンダタが悪事で鍛えられた筋骨隆々なマッチョだったか

 

 

どっちにせよ、

目先の利益にすぐ飛びつくエゴイズムしか持たない罪人は違いますね。

 

 

 

 

おわりに 

読み終わった後の独特の余韻、

短い本文ながら異世界に連れて行かれてしまう世界観。 

 

 

それが芥川龍之介なのでしょう。

 

 

子供から大人までいつ読んでも何回読んでも

考えさせられる事が多分に含まれているものです。

 

 

 

他者を退けるものは

人間界から退けられるものです。

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、次は何を読もうかなぁ。